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今から31年前の1985年8月12日、お盆の帰省客やビジネスマンでほぼ満席の乗員乗客を乗せた日本航空(JAL)羽田発伊丹行き123便は、異常事態発生から32分間の迷走飛行の末、群馬県多野郡上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落した。

乗員乗客524人(525人)中520人(521人)が死亡、奇跡的に4人の乗客が助かったこの事故は国内最大級はもちろんの事、世界の航空事故の中で2番目、一機単独の事故としては世界最大の大惨事となった。

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この記録はネットや書籍等に点在する「日航ジャンボ機墜落事故」の情報を一つにまとめる事を目標に作ったものである。すべての情報を網羅している訳ではないが、極力事実を曲げずに事故の全体像が見えるよう作ったつもりである。

内容は精査したつもりではあるが、誤った解釈・情報等が記載されている可能性がある。明らかな誤りが発見された場合、予告なく内容を追加・改変する事がある。尚、この記録は現段階で完成している訳では無い。今後も内容を更新していく。

事故原因等については幾つかの説があるが、ここでは事故調査委員会が出した結論を正論とし、他の説は 「仮説」 として記述している。その他の基本的な事柄も概ね 「事故調査報告書」 に基づいて記述している。

123便の乗客数は509名であったが、墜落現場からは胎児の御遺体が一人収容されている。この記録では乗員乗客数は524名(525名)、乗客数は509名(510名)、死者数は520名(521名)と表記している。括弧内の人数は生まれ得なかった胎児を含む人数になっている。

平成24年10月 『日航機墜落事故 東京-大阪123便 新聞見出しに見る25年間の記録』 
の管理者である祝部幸正氏より正式に写真転載の許可を頂いた。


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あれから31年。年月が経てば経つほど記憶は薄れていく。今ではこの事故を全く知らない人もいる。ご遺族の方々の心中を考えると事故の内容を掘り返すのはいささか心苦しくもある。しかし、事故の記憶の風化を求めている方はいらっしゃらないだろう。何の役にも立たないのかもしれないが、この記録が事故の風化をほんの少しでも止めることが出来れば、この事故の悲惨さや真実を知らない世代にほんの少しでも伝える事が出来れば、と願っている。

お亡くなりになられた方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

                                               平成28年8月12日

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