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高い山に登ると空気が薄くなると言う。では、なぜ飛行機は富士山よりも高い空を飛んでいるのに人間は普通でいられるのか?唐突な質問だが、実はこの事は123便の事故に深い関係がある。ここでは『与圧』と『減圧』、さらにそれらに関係する『圧力隔壁』について説明してみる。

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大気の気圧は地上(0メートル)で1気圧である。ほとんど地上で生活している我々は、1気圧の大気が基本となる。大気の気圧は上空に行けば行くほど下がっていく。気圧が下がれば下がるほど人間は呼吸が苦しくなる等の苦痛が表れる。例えば富士山の頂上(3,776メートル=約12,400フィート)では0.65気圧、エベレストの頂上(8,848メートル=約29,000フィート)では0.35気圧しかない。

123便の場合の巡航高度は24,000フィート。富士山のほぼ2倍の高さ、0.4気圧程度の高い高度を飛行する事になる。地上に比べて40%程度の気圧しかない場所に10分程度で到達してしまえば、人間は間違いなく呼吸困難に陥り気絶してしまうだろう。航空機の場合、そのような事が無いようにエンジンポンプから取り込んだ圧縮空気を機内(操縦室・客席・貨物室等)に送り込み、人為的に気圧を高めて人間に必要な酸素量を確保している。

このように機内の気圧を地上の気圧とほぼ同等に保つこと『与圧』と言う。24,000フィートの上空を飛行する場合、与圧をしなければ客室内の気圧は0.4気圧しか無いが、与圧をすることにより客室内の気圧はほぼ地上と同等の気圧になる。だから空の旅は快適だと言う事になる訳だ。

与圧をする事により、機内は機外に比べて高い気圧が保たれている。機内の壁には1平方メートルあたり6トンもの強い空気の圧力がかかっている。

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膨らませた風船を思い出してみてほしい。風船の中には空気が詰まっている。これは航空機が与圧された状態と似ている。では風船に針などで穴を開けるとどうなるか?風船は破裂するか、破裂しないにしても勢いよく中の空気が抜けてしまうだろう。

『減圧』とはこういう事である。つまり与圧された航空機に何らかの異常が発生し機内の気圧が減少した場合の事『減圧』と言う。何らかの異常とは、例えば圧縮空気を機内に送り込むポンプが破損した場合や、風船の場合と同じく機体に穴が開いた場合などが考えられる。

ポンプの破損等の場合は、機内の減圧の程度は緩やかであろうから、航空機自体の高度を下げることによって人体への影響や機体の損傷も最小限に抑えられる可能性がある。

しかし機体に穴が開いたりすると、機内の与圧された空気は機外の気圧と同等になるまで一気に穴から流出する。開いた穴の大きさや場所によっては機内に強い風が吹き抜けて客室内部を破損したり、場合によっては人間が穴から機外に吸い出されたりする事もある。高い高度を飛行中に穴が開いた場合は気圧が一気に下がる為、人間は呼吸困難に陥ったり、耳の鼓膜にダメージを受けたり、気絶してしまう等の影響がでる。

こういう減圧の状態を一般的に『急減圧』と言う。事故調査報告書によれば123便の事故の場合も、異常事態発生時に客室内でこの『急減圧』がおきたとされている。

ただし、事故調査報告書には『急減圧』と言う言葉は一切使われていない。事故調査報告書に書かれている異常事態発生までの破壊順序・それに於ける数値・状況等のプロセスを踏まえて考えると『急減圧』が起きたとしか考えられない状況であったと言う事である。生存者の証言等から多くの航空関係者や知識人は123便の『急減圧』を否定している。123便に『急減圧』が本当にあったのかどうか、『急減圧』を基にした事故調査報告書の結論は本当なのか、この事は現在に至るまで疑問が投げかけられている点である。

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航空機は人間に必要な酸素量を確保する為、『与圧』をしている事は最初に書いた。航空機は客室最後部で機内に壁を作り、操縦室からその壁までの間を与圧している。その客室最後部の壁の事を『圧力隔壁』と言う。

ボーイング747の後部圧力隔壁
ボーイング747型機の後部圧力隔壁(客室側)

圧力隔壁は直径が4.56メートルの円形の形をしており、客室側から見ると浅いお椀の様にへこんだ形をしている(客室の内装パネルの後ろにある為、通常は客室内から見る事は出来ない)。中心から円の縁に向かって緩く湾曲したスティフナと呼ばれる桟が36本組まれている。そこにアルミ合金製のウエブと呼ばれる扇状の板がリベットで止められている。ウエブは中心から外側に向かって大きくなっていく。さらにスティフナとウエブで出来た円形の壁の上に、大きさの違う円形のストラップと言う補強材を4枚取り付けてある。

圧力隔壁の各部名称
圧力隔壁の各部名称

上空で与圧をすると機内の壁には1平方メートルあたり6トンもの強い空気の圧力がかかっている事は先にも書いたが、この圧力隔壁にももちろん同等の圧力がかかり、隔壁全体ではおよそ100トンもの圧力がかかる事になる。この強い圧力を1cm弱の厚みしかないウエブと36本のスティフナと4枚のストラップで受け止めている事になる。

では、もし圧力隔壁に穴が開いてしまったらどうなるのか?圧力隔壁に穴が開くと言う事は、機体に穴が開くのと同じ事である。客室の与圧された空気は圧力隔壁に開いた穴から機体最後部に流出する。圧力隔壁より後ろ側は部屋のような空間になっており、水平尾翼や垂直尾翼、APU(補助動力装置)等の重要な構造物が取り付けられている。そこへ客室与圧空気が流出した場合、その空間の内圧は一気に上がり垂直尾翼や水平尾翼を破損してしまう恐れがある。

そのような事態に備えて、機体最後部にはプレッシャーリリーフドアと呼ばれる扉が付いている。プレッシャーリリーフドアはある一定の圧力が掛かると開くように出来ており、そこから膨張した空気を機外へ逃がす仕組みになっている。

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与圧と減圧・圧力隔壁||TOP↑
羽田を離陸して12分後の18時24分35秒、突然の衝撃音と共に異常事態は発生した。123便を襲った異常事態とはどのような事だったのか。

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異常事態は後部胴体に起きた。後部胴体の名称は下の図の通りである。




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-1.垂直尾翼の破壊-

衝撃音とほぼ同時に123便の垂直尾翼の大半が破壊された。垂直尾翼の破壊に伴い方向舵も脱落した。下の図は垂直尾翼の損壊の程度を表す(事故調査報告書より抜粋)。

垂直尾翼損壊図
垂直尾翼損壊図

若干解りづらいかも知れないが、黒色で表されている部分は相模湾で回収された部分である為、異常事態が発生した時点で脱落したものである。一方、縞模様で表されている部分は墜落現場で回収されている為、墜落の瞬間まで機体に残っていた事になる。では異常事態発生後、123便は縞模様の部分だけを残して飛行していたかと言えば、そうとは限らない。点で表されている部分は、少量ではあるが異常事態発生以後の飛行経路下で回収された部分である事から、他にも当初は残っていたものの、墜落までの間に脱落し最終的に回収出来なかった部分がある可能性も十分にある。その他の部分は細かな破片などが回収されてはいるが、概ね未回収部分と考えていいかと思う。

相模湾から回収された垂直尾翼の一部相模湾から回収された垂直尾翼の一部

実際のところどの程度の損壊が発生し、どの程度の部分を残して飛行していたのかは、はっきりと解っていないが、黒色部分が相模湾上で発見されているため、その周囲の大部分も相模湾上に落下したものと考えられている。

奥多摩町上空

上の写真は「事故の概要」でも紹介した奥多摩町上空を飛行する123便の写真である。画像解析の結果この写真が撮影された時点で、同機の垂直尾翼は55%以上欠損していたと推定されている。

垂直尾翼
航空機の方向安定のために、垂直に設置された尾翼。胴体に固定されている垂直安定板と方向舵からなる。垂直尾翼は機体の風見安定によって航空機がまっすぐに飛ぶことを助け、横の安定を強める効果もある。一般的に垂直尾翼は重心より後方の離れた位置に取り付けられる。

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-2.APU防火壁以降の尾部胴体の破壊・脱落-

衝撃音とほぼ同時にAPU防火壁以降の機体最後部に位置する胴体が破壊・脱落した。脱落した尾部胴体(APU本体・防火壁を含む)のほとんどは発見されなかったが、唯一APU空気取り入れダクトが相模湾上で回収された為、その他の尾部胴体構造も相模湾に落下したものと考えられている。

相模湾から回収されたAPU空気取り入れダクト相模湾から回収されたAPU空気取り入れダクト

APU
航空機の各部に圧縮空気や油圧、電力を供給するために、メインエンジンとは別に搭載された小型のエンジンであり、ほとんどの場合機体の最後部に取り付けられている。メインエンジンを起動するために必要な圧縮空気の供給、また駐機中における各装置(エアコンなど)への動力の供給に用いられる。メインエンジンは単独では起動できないが、APUはバッテリからの電力で自力で起動できるため、APUを搭載することで地上からのエネルギーの供給なしにメインエンジンの起動が可能となる。また多くの航空機では、飛行中の電力供給にも用いられている。APU防火壁とは名前の通り、万が一APUに火災が発生した際に、延焼を防ぐ壁状の構造物である。

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APU防火壁以降の尾部胴体は異常事態発生直後に脱落したと推定されるが、垂直尾翼が破壊後にどのような形状になったかは必ずしも明らかではない。下図は、事故調査委員会が推定した異常事態発生後の123便の形状である(斜線部分が欠損)。事故調は、この欠損状況がその後の事故機の運動をもっともよく説明できた、としている。

垂直尾翼・尾部胴体欠損図


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-3.操縦系統油圧配管の損壊-

垂直尾翼の真下を通る油圧配管が損壊し、破断された。配管の破断だけでなく油圧制御装置自体の破壊の可能性もある。4系統ある油圧配管が全て破断した事によって作動液が流出し、油圧を使った操縦機能は異常事態発生後1分から1分半の間に全て使えなくなってしまった。

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-4.水平尾翼の位置センサの損壊-

衝撃音とほぼ同時に水平尾翼の位置センサが損壊した。

旅客機は乗客の数や荷物の量、燃料の消費などによって重心の位置が大きく変化し操縦感が狂うという不都合が発生するため、どんな重心位置にあっても姿勢制御をしやすくする為に水平尾翼の角度を調節出来るようになっている。

位置センサの損壊により123便のDFDR(デジタルフライトレコーダー)には、水平尾翼は墜落まで前側が下がり、後ろ側をはねあげた位置で固定されたままの記録しか残っていない。実際に水平尾翼が固定されていたのかどうかは不明である。

水平尾翼
航空機の縦の安定のために水平に設置された尾翼。胴体に固定されている水平安定板と昇降舵からなる。一般的に水平尾翼は重心より後方の離れた位置に取り付けられる。


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姿勢制御に用いられる昇降舵(エレベータ)や補助翼(エルロン)・スポイラ等、油圧を使った操縦機能は多岐にわたるが、それらが全て使えなくなってしまった事、その上に方向舵を含む垂直尾翼の大半を失ってしまい機体の安定性が著しく損なわれた事により、123便はほぼ操縦不能の状態に陥ってしまった。

この異常事態発生後に123便を操縦する手段は

 ・エンジン出力による操作
 ・ランディング・ギア(離着陸時に出される車輪の事)の操作。ただし自重による下げ動作のみ。
 ・主翼フラップの操作(油圧損失の為、代替である電動操作。油圧操作に比べ反応が遅い)


の3つしか残っていなかった。

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お気付きかもしれないが、これらの異常事態は全て後部圧力隔壁より後ろで発生している。なぜこのような異常事態が発生したのか、最終的な事故原因は「事故調発表の事故原因」を参照していただきたい。

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異常事態発生||TOP↑
1985年(昭和60年)8月12日(月)、日本航空株式会社所属JA8119機(ボーイング747SR-100)は、同社定期503便・504便(東京-札幌間往復)、363便・366便(東京-福岡間往復)として、航空機関士(363便及び366便に搭乗)を除き事故時とは別の運航乗務員により運航された。

同社定期123便は、18時00分東京国際空港(羽田空港)発、18時56分大阪国際空港(伊丹空港)着。東京航空局東京空港事務所に提出された当日の123便の飛行計画は、計器飛行方式・巡航速度467ノット(真対気速度・約860km)・巡航高度24,000フィート(約7300m)・目的地である大阪国際空港(伊丹空港)への経路は、三原 → 相良 → シーパーチ(非義務位置通報点・大島から253度、74海里) → W27 → 串本VORTAC(VOR・超短波全方向式無線標識とTACAN・極超短波全方向方位距離測定装置の組み合わせの総称) → V55 → 信太VOR/DME(超短波全方向式無線標識/距離測定装置) → 大阪NDB(無指向性無線標識)であり、大阪NDBまでの予定所要時間は54分、持久時間で表された燃料搭載量は3時間15分であった。
123便には、高浜雅巳機長(49歳)、佐々木祐副操縦士(39歳)、福田博航空機関士(46歳)の男性3名の運行乗務員と、客室乗務員12名(男性1名、女性11名)の計15名、乗客は509名(510名)、計524名(525名)が乗っていた。

コックピットでは、機長昇格訓練を受けていた佐々木祐副操縦士が左操縦士席(機長席)に座り操縦・クルーへの指示を担当し、高浜雅巳機長は右操縦士席(副操縦士席)で副操縦士の指導ならびに、無線交信などの副操縦士の業務を担当していた。当日、福田博航空機関士は前2回同機に(363便・366便、東京-福岡間)、佐々木祐副操縦士は別の機にそれぞれ乗務し、高浜雅巳機長は当日最初のフライトであった。

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-17時12分-
JA8119機は366便(東京-福岡)として東京国際空港(羽田空港)に着陸。

-17時17分-
18番スポットに駐機して、その後123便(東京-大阪)としての飛行準備のための点検等が行われた。

-18時04分-
123便は羽田空港18番スポットから地上滑走を開始。

-18時12分-
滑走路15Lから離陸。
羽田空港から離陸する123便


-18時16分55秒-
24,000フィートに上昇中の123便は、東京管制区管制所(東京コントロール)に対し、現在位置からシーパーチへ直行したい旨の要求を行い、同要求は18時18分33秒に承認された。

-18時24分35秒-
同機がシーパーチに向け巡航高度24,000フィートに到達する直前、伊豆半島南部の東海岸上空(相模湾上空)に差し掛かるころ、「ドーン」というような音とともに飛行の継続に重大な影響を及ぼす異常事態が発生し、その直後に機長と副操縦士によるスコーク77(ATCトランスポンダの緊急コード番号7700・最高レベルの緊急救難信号)との発声があった。

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18時24分(離陸から12分後)、相模湾上空を巡航高度の24,000フィート(7200m)へ向け上昇中、23,900フィート(7170m)を通過したところで異常事態が発生。突然の衝撃音と共に123便の垂直尾翼は大半が破壊され、APU防火壁以降の尾部胴体が脱落、垂直尾翼下方に位置するハイドロプレッシャー(油圧操縦)システムの4系統全てに損傷が及んだ結果、油圧を使用したエレベータ(昇降舵)やエルロン(補助翼)の操舵が不可能になってしまった。

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-18時25分40秒-
東京コントロールに対し異常事態が発生したため22,000フィートに降下し、同高度を維持すること及び羽田(東京国際空港)に引き返すとの要求が行われた。

-18時25分40秒-
123便から大島へのレーダ誘導の要請があり、これに対し東京コントロールは羽田への変針は右旋回か左旋回かとの問い合わせを行ったところ、123便から右旋回を行うとの回答があったので、東京コントロールは同機に対し大島へのレーダ誘導のため右旋回で針路90度で飛行せよとの指示を発出し、123便は18時25分52秒これを了承した。

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123便はその後、伊豆半島南部の中央付近で若干右へ変針し西北西に向かって伊豆半島を横切り駿河湾上に出たが、このころから同機には顕著なフゴイド(上下の揺れ。機首が上下することにより、上昇・下降を繰り返し、速度も変化する現象)及びダッチロール運動(左右の揺れ。機体の傾きと機首の方向が左右に変化を繰り返し、進行方向が安定しなくなる現象)が起こり、これらの現象はその後強弱に変化しながらも墜落直前まで続いた。

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-18時27分02秒-
東京コントロールは123便に対し緊急事態宣言の確認を行い123便は緊急事態を宣言、次いで東京コントロールは「どのような緊急事態か」との問い合わせを行ったが、123便からの応答はなかった。

-18時28分31秒-
東京コントロールは123便に対し、再度「大島へのレーダ誘導のため、針路90度で飛行せよ」と指示したが、これに対し18時28分35秒、123便から「現在、操縦不能」との回答があった。

-18時30分ごろ-
123便は駿河湾を横切り静岡県焼津市の北付近の上空を通過。

-18時31分ごろ-
右へ変針して北上を始める。

-18時31分07秒-
東京コントロールが123便に対し「降下可能か」と問い合わせを行ったところ、123便から「現在降下中」との回答があり、次いで、現在高度を問い合わせたところ現在高度は24,000フィートとの回答があった。

-18時31分14秒-
東京コントロールが「現在位置は、名古屋空港から72海里の地点、名古屋に着陸できるか」との問い合わせを行ったところ123便からは「羽田に帰ることを要求する」との回答があった。

-18時31分26秒-
東京コントロールは123便に対し運行乗務員の負担を考え、今後は日本語で交信してもよい(通常、航空機と地上との交信は英語で行われている)旨を伝え123便はこれを了承した。

-18時35分ごろ-
123便は富士山の西方約35キロメートルの地点付近の高度23,000フィートで右へ変針して東へ向かう。

-18時38分ごろ-
富士山の北北西7キロメートル付近から左へ変針して北東に向かって飛行。

-18時41分ごろ-
山梨県大月市付近の高度21,000フィートから、約3分間でほぼ360度右旋回するとともに高度17,000フィートまで降下した。

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その後の123便は東に向かって急速に降下をしながら飛行する。

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-18時45分46秒-
123便は「操縦不能」との送信を行い、次いで左へ変針して北東へ向かった。

-18時47分07秒-
123便から羽田へのレーダ誘導の要請があり、これに対し東京コントロールは「羽田の滑走路は22なので針路90度をキープして下さい」との指示を行い、123便はこれを了承した。

-18時47分17秒-
東京コントロールからの「操縦できるか」との問い合わせに対し「操縦不能」の送信があった。

-18時48分ごろ-
123便は高度約7,000フィートで東京都西多摩郡奥多摩町付近上空から左へ変針し西北西に向かって徐々に上昇しながら飛行する。

奥多摩町上空
垂直尾翼を破損したまま奥多摩町上空を飛行する123便

-18時53分ごろ-
高度約13,000フィートに達した後再び降下を始める。

-18時53分31秒-
「操縦不能」を再度送信。

-18時54分19秒-
123便は高度約11,000フィートで東京コントロールの指示により東京進入管制所(東京アプローチ)に交信を切り換えた。

-18時54分25秒-
123便から「現在位置を知らせてほしい」との要求があり、これに対し東京アプローチは羽田の北西55海里、熊谷の西25海里の地点を伝達したところ18時54分55秒、同機はこれを了承した。

-18時55分05秒-
東京アプローチは羽田も横田も受け入れ可能である旨を送信し、123便はこれを了承したのを最後に交信が途絶える。

-推定時刻18時56分30秒-
群馬県多野郡上野村の山中、現通称「御巣鷹の尾根」に墜落。

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